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Great Expectations: Rod Ellingworth’s Project Tour de France
イタリアからイギリスへ
マクラーレンがチームの半分を所有することでイタリアンチームからブリタニアンのチームになるだろうと思っていたのですが、やはりそのようです。御存知の通り、ヴィチェンツォ・ニバリはトレック・セガフレードへ移籍しますが、私はそれも当然関わっていると思っています。
日本ではロードレースの世界でイタリアンとスパニッシュにはその全てが詰まっているとも言われがちですが、残念ながら数年前いやもう少し前から、彼らは主役ではなく、ドーピング騒動の緩やかな終焉とともに彼らは表舞台に上がらなくなっています。ドイツはそもそも自転車でレースをすることに全く興味がなく、フランスはフランスですね…笑。かつてロンドンでグランデパールを切って以来、英国はヨーロッパでロードレースを含む自転車が成長できる国になっています。
チームスカイでまたデイブ・ブレイルズフォードの下でスカイを支えてきたロッド・エリングスワースが新しいバーレーン・マクラーレンのチームプリンシパルに就きます。これは10/1からの就任となっており、すでにワークしているということのようです。ブレント・コープランドはこれまで通りGMとしてその役割を維持するとあります。チームプリンシプルとはF1などでも聞くポジションでほぼ全権を持ちますから、エリングスワースのチームであり、全体にわたる責任者だと言ってよいでしょう。
チームスカイと戦うために
エリングスワースは2010年のチームスカイの誕生以来、ずっと同チームの主要メンバーとして戦ってきました。Sirブレイルズフォードとは18年間共に働き、チームスカイのパフォーマンスマネージャーに就いていました。また英国ナショナルチームにも参加しており、2018年3月で男子チームコーチを離れました。2008年以降のオリンピックでは英国代表チームは男女合わせて20個の金メダルを獲得し、チームスカイは6度のツール総合優勝を挙げました。つまり、もっとも功績を上げたコーチを引っこ抜いた、まさにF1らしいやり方です。彼が移籍した理由はステップアップのようです。スカイに入って10年が経過し、「このチャンスを逃すわけがない」とコメントしています。
エリングスワースありきのプロジェクト
むしろ、マクラーレンがロッドを望んだのでしょうね。マクラーレンのようなスポーツビジネスの最前線で戦う企業が、プロサイクリングのしかもイタリアンな懐古主義的組織を許容するとは思えないからです。マクラーレンがバーレーンに乗っかると聞いた時点でこの点が理解できませんでした。この仮説がが正しければ、ヴィンチェンツォ・ニバリは自ずからチームを離れたというより、契約しないことを予め知らされ、あるいはバーレーン・メリダから他チームへオファーを要請したのでは?とも思えます。ローハン・デニスもエリングスワースの計画の一部であったことを明らかにしており、彼の離脱はエリングスワースが目標を達成させるために大事な部分だったため失望したと言っています。つまり、エリングスワースの計画にニバリは不要だったのでしょう。すでに計画はスタートしており、ディメンションデータのスポーティングディレクターであり元ナショナルチャンピオンのロジャー・ハモンドがパフォーマンスマネージャーに就きました。ブレント・コープランドはオペレーションディレクターとして帯同します。
マクラーレンプロサイクリングのマネージングディレクターであるジョン・アレルもサイクリングコミュニティにおいてロッド・エリングスワースの実績を尊重し、彼の豊富な経験や伝統的な世界に挑戦する新しい知識や貪欲で革新的なアプローチはチームのリーダーとして的確だと認めていますから、やはりエリングスワースありきのプロジェクトだと思われます。F1チームらしい組織づくりです。
エリングスワースはチームプリンシパルとして2020年の選手選考に対しても80%もの発言権があり、今後は全権を持ち、自主性をも確保されます。チームスカイの戦い方の細かな部分はあまり日本のメディアに書かれませんが、それを知れば他のチームがスカイに勝てない理由は明らかになります。ゆえ、勝ちを目指すならそういった組織にする必要があるわけで、2019年からマクラーレンが参加すると知った時点から、私はチームが相当画期的に変化するはずと察してはいました。マクラーレンは勝つためにしか動きませんし、それが無ければ存在し得ない企業だからです。つまり、これまでのように”王子の趣味”では決して済まされず、”興行”としての古い価値観において低い価値を引き伸ばし続けることも出来ません。勝つために戦うチームになるでしょう。
ツールで勝つことが目的
エリングスワースは3年間の計画を建てており、目標はツール・ド・フランスでの総合優勝です。チームの性格を考えればそうなるのは自明の理であり、ジロは優先できません。そうなれば、ニバリに席がなくなるのは必然であり、新チームでツールでのエースはミケル・ランダの予定です。ツールでの総合優勝は難しいことですが、スカイあるいはイネオスが存在する以上は更に難しく、彼らと同じくらい全てを突き詰めなければ彼らを上回ることは困難です。クラシックやワンデイレースや短いステージレースでの勝利を目的にすることは出来ません。それらのレースでとても多くの勝利を上げてさえ、翌年にはチームの存続が危ぶまれるということは、エリートスポーツとして商業的な価値はツールにしか無いと言えます。
MATとサイクリング
マクラーレンアプライドテクノロジーズ(MAT)はF1マシンの開発の中で培った技術を、医療、エネルギー、スポーツなど多くの分野に応用(アプライ)することで新たなビジネスを生み出す企業です。それは精密工学、流体力学、マテリアル・サイエンス、器械開発、センシング技術、リアルタイム・データ・マネジメント、データ・ヴィジュアライゼーション、ヒューマン・ハイ・パフォーマンス、制御システムです。マクラーレンがホンダと決別する際にもフォーカスが当たった企業です。マクラーレン・テクノロジーグループの企業ですが、F1チームを運営しているマクラーレン・レーシングとは別の会社です。ホンダから供給を受けていたパーツの都合について質問されましたが、それを供給するのがMATです。
MATはロン・デニスの発案によって生まれました。ロン・デニスは元銀行員で、かつてはマクラーレングループのCEOであり、マクラーレン・レーシングのHQをまとめていました。彼は完璧主義者であり、「自分は勝利至上主義者」だと自らコメントしてもいます。アイルトン・セナやプロストの時代のチームボスが彼でした。F1界での彼を知る人は、彼がバーレーン・マクラーレンに関わる位置にいることを気にするでしょうし、彼に関するエピソードは多くあります笑。ときには”傲慢”だと指摘され、特にエディー・ジョーダンとのエピソードは有名ですし、特に政治力を最大限に発揮する策士でもあります。”ピラニアクラブ”と称されるF1の世界、つまり一歩間違えると貪欲なピラニアに取り囲まれ、すべての肉を食い散らかされて後には骨しか残らない世界ではそうでもないと戦えません。まあ、ミハエル・シューマッハをフラビオ・ブリアトーレにかすめ取られたのもロン・デニスなわけですが…笑
そして、そのMATのダンカン・ブラッドリーがバーレーン・マクラーレンのテクニカルディレクターとしてにフルタイムで加わります。エリングスワースは彼をロン・デニスから紹介され、彼はエリングスワースがこのプロジェクトに参加した大きな理由の一つだと言っています。ダンカンはエアロだけではなく、あらゆる要素において大きな資産です。MATはすにで2012年のロンドンオリンピックでも英国代表チームに関わっており、スペシャライズドとともに働いたこともあります。「マクラーレンの全活動の核にあるのは、レース、テクノロジーとヒューマンパフォーマンスです」とチーフ・マーケティング・オフィサーのジョン・アラートは述べた。「私達は過去にサイクリングに関与していたことがあり、ここしばらく参画を考えていた分野だった。私達のスキルや望みにごく自然にフィットする動きであり、将来に向けた正しビジョンとアプローチを持つチーム・バーレーン・メリダとならば完璧なポートナーシップを築けるだろう」
期待しましょう
現時点での選手のラインナップには力不足を感じざるを得ませんが、3年間としたプロジェクトが今後どのように進んでいくか楽しみです。そして、新城幸也は彼の計画の一部として働きます。