集中ライドというイベント方式について

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こんな走り方もあるんですよ

「集中ライド」とは:通常のツーリングとは違い、決っているのはゴール地点と時間だけ。それぞれの参加者は自分で時間もスタート位置も管理し、ゴールに集中し、ゴール地点で解散するイベントです。車種は問いません。

こんな感じのゆるいイベントを毎年やってます。緩いのはルールだけで、どれだけの苦しみと楽しみを自分に与えるかはそれぞれの人の自由と責任に任されます。

決め事がゆるいだけで中身はちゃんとやらないとできない事が分かります。自由を謳歌するには、それなりの責任が伴うのですね。

「自己完結と自由度」
これがテーマです。


決まり事は一切ありません。何処から何キロ走って、どこで休んで、何をして?、あるいは自分の限界に挑むなど、楽しみ方はそれぞれ。

■ 自分の実力をちゃんと測り、それに見合ったコースづくり
■ 機材管理とトラブル対応
■ エスケープルートの確保
■ 走行ペースと時間
■ 気温や天候の変化への対処

これらを総合的に自分で組み立てられる事が、それが”ツーリングの基本力”です。サポートはありません。自分のことは自分でやります。

ゴール後も楽しい。

ゴールに設定する場所次第ですけれど、参加者それぞれの個性が表れておもしろいのです。それをゴール後に聞くのが楽しい。何があって、どこを走って、予定通りできたのかどうか。聞いたルートを通ったことがあれば、それに付加できるオプションを誰かが提案してくれるかも知れません。

より安全に、より楽しく

この集中ライドが目指す目標の一つは、より安全なサイクリングを安定して実現することです。

一人で走る場合に安全を実現するには、自分でできることをやるということであり、できないことはやらないということです。無理をしない、これは大変大事なことだと思います。無理をしてもやり切れればいいということでもなく、再現性がないライドからは多くの反省点が得られるのではないかと思いますし、その成功確率はそもそも低いものだったのでしょう。ぼく自身も、この集中ライドで反省点を覚えていますし、それは一つだけではありません。天候が味方をした、あるいは偶然結果を得た、そのようなこともあります。もちろん、ガイドラインを下げてしまえば、すべてのことに運が関わるのだとも言えますが、そういうことを言いたいわけではありません。自分がどこまでできるのか、ゴールできるのか、ちゃんと家に帰れるのかを推し量って、計画を練ることを行ってしまえば、ニュースで見るような山の遭難事故など同じことが起きてしまうかも知れません。

誰かについていくにしても、自分自身を知る必要があります。必ずしも、最適化された安全で安心な設計をしてくれる同行者であるばかりとは限りません。いきなりリフトで山頂へ連れて行くような人もいるかも知れませんし、その程度問題はひとそれぞれですから、自分が楽しめる危険と安全のバランスというのは、自分しか知らないものです。そこから飛び出てしまえば恐怖を感じますし、刺激が少ないライドも面白くはありません。自転車に乗る場合の安全とは、何も起きる確率がないのではなく、それをできる限りコントロール下に置くことが大切だと思います。誰かと一緒に走ることは心強く感じるものですが、ぼくはこうも思います。「一人で走る場合こそ、ほんとうの自分の状態なのではないか?」と。それは実力という言い方ではなく、楽しみ方とも言えると思います。誰かの後ろにいることで空気抵抗も軽減され、ドンドン走れてしまうのはメリットですが、同じ場所を一人走る場合にはより恐怖を感じたり、周りが見えていると感じることがぼくにはあります。つまり、グループライドでは周りを見ているようで、あまり見ていないのです。グループライドはソロライドより安全だというわけではなく、ソロライドができる同士でグループライドをするから安全を実現することができる可能性を増すことができるのだと思います。

集中ライドで得られるもう一つの目的はは地図を読む楽しさを覚えることです。

まず、地図をじっくり見る。縮尺を大きくして見える道路だけを最短で繋ぐのではなく、段々とズームしていって見えてくる細かな道が見つかると思います。現代に走っている大きな道は、自動車用に道路であり、大きな予算をかけて作られたものです。すべて効率を優先した敷かれることが一般的ですから、決して走って気持ちが良い道路ばかりではありません。かつ、そのようなルートを引く場合、必ず自動車と同じところを走ることになりますから、ストレスも多くなるでしょう。それに対して、ズームすることで見えてきた細かな道には、多くの意味があることが見えてきます。バイパスを繋ぐ道、住宅街、住宅街から大都市へ接続される幹線道路の裏道、畑に行くためだけに敷かれた道。道と道の間には、地名やいろいろなモノが見えてきます。ぼくは歴史が好きなので、その地名や様々な名称から調べたり、本を読んだりし、想像を拡げ、実際に走ったときに観察する内容を楽しみます。食べ物が好きなら、あるいは自然が好きならと、なんでも自分の感性に合うものが見つかるのではないかと思います。それらは、縮尺を大きくしていた地図で見ることができないものであり、その街の素顔や文化の一つ一つを知ることができるものです。また次回、同じ地域を旅する際には、別のひらめきや楽しみを期待することもできるでしょう。

これらは、誰かが設定したルートをトレースするだけ、あるいは誰かについて走るだけでは、得るのが大変難しいものです。最初はサポートをしてもらいながら走ることも良いと思いますが、段々と自分ひとりでできることやその範囲を少しずつでも拡げていくことで、自転車の自由度をより安全に、より楽しんでみてください。