伊豆でグラベルツーリング

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暑かった!笑

毎日暑いですね。まあ、夏なので、暑くて良いんですけど、体調の管理には気をつけないといけません。暑い中で活動することだけではなく、効く過ぎたエアコンによる影響も少なくない気はします。

さて、今回はグラベルバイクでのツーリングに行ってきました。

うちの地域からですと北関東の方が近く感じるので、東海や信越に足を伸ばす機会は多くありません。その原因はクルマで移動すると時間がかかることが理由です。混雑せずに移動できればスムーズですし、時間もさほど多くかからないのですが、渋滞してしまうと厄介なんですね。北関東方面では平日に渋滞することは多くないんですけどね。

今回の相棒はEバイクではなくメリダのSILEXなので、東海道新幹線を利用して輪行旅となりました。

なお、ルートの詳細は非公開とします。これはぼくのすべてのツーリングでそうしています。理由は、たとえ小さい規模であっても社会的な影響を当該地域に対して与えたくないからです。もちろん、メリットもデメリットもあると思います。ともすれば、あるお店にお客さんが流れるなどあるかも知れません。しかし、それらを含めて影響したくないということです。画像や映像の中からヒントを見つけて、地図を読み、探索しに行ってみるのは良いと思います。また、従来からあるように、あるお店のお客さんとなり、遊び場所や遊び方を教えてもらうという手段は今もありますから、ぼくもそういう人を相手にして喋る場合はあります。

サイクリングは旅である

最近では、なぜか「自転車の魅力は見た目であって、見た目が一番目立つロードバイクの、かつエアロな部位にこそ魅力がある」という風潮が先鋭化している気がします。まあ、ぼくが見聞きしているSNSでだけそうなのであって、世間一般ではそうではないかも知れませんが…。遊びを自分なりに開拓・開発しない多くの日本人にとっては、「他の人が何をしているか」がたいへん大事であり、その上で「自分がどう見られているか」が大切なのだと思いますが、あまり他人の欲望に対して欲望しすぎないことは、自身の主体的な楽しみを追求するのにはたいへん大切なことだと思います。

サイクリングは旅なのであって、自転車で行う旅がサイクリングなのです。サイクリングとは自転車に乗って任意の地域を巡ること。見たこととないコトを見たり、体験すること。旅をするのに決まったやり方やスタイルはありません。道を走るクルマを見れば、スポーツカーで旅をする人もいれば、より便利そうなSUVやワゴンで旅をする人もいます。それぞれスタイルを持っています。自転車でも同様に、自分が作る旅に適した自転車を選べばよいのだろうと思います。

自転車における旅の楽しみ方はかなり幅広いということです。

旅は好奇心

ぼくにとって日本で旅をすることは、昭和を巡ることだと思っています。ぼくが明治以前の歴史に大変弱く、あるいは興味が薄く、人間の感覚としても生きている時代から離れすぎているのでよくわからないことも重なると思いますが、記憶の中の日本の大部分は昭和の風景です。昨年、映画「男はつらいよ」シリーズを一通り見直してみたのですが、まるで旅をしているようなそんな気分になりました。ぼくが生まれた1977年に近い風景だったり、あるいは人々の営みだったりが映り込むと、懐かしい気分になりましたし、その場所に行ってみたくなりました。実際、いくつかの場所には行ってみたりしました。

今回は伊豆を旅するということで、川端康成の「伊豆の踊子」を読み直しながら移動しました。伊豆の踊子は川端自身が19歳の時にした旅をモデルにして描かれた名作であり、みなさんも読んだことがあるだろうと思います。実はぼくがこれを読み直したのははじめてで、10代か20代の頃に読んだきりでしたから、細かい描写への記憶はさっぱり消えていましたので、新鮮な気持ちで読み直すことができました。今回の旅とは、はたまた自転車とはなんの関係性もありませんが、以前読んだ時にはそこまで感じなかったこととして、昨今の川端からノーベル文学賞を取り上げるべきだという人が出てきたりということに関係するように、川端の女性に対する視線の独特さを感じました。川端が中学時代には、寄宿舎で同部屋だった下級生と肉体関係のない同性愛関係にあったりし、その数年あとに出た伊豆の旅で踊り子「たみ」と出会いました。さらにそののち、カフェの女給「初代」との出会いがあります。ぼくがこの作品や川端に少女性愛の癖があったかどうかについての考えをここでは言及しませんが、一つの作品を読み直しつつ、余った時間で他の作品も読み進めて想いを巡らせつつ、今回の旅のスタートである伊豆長岡に向かったのでした。

地図を読む

さて、そもそもなぜ今回の旅の舞台が伊豆なのか。ぼくは小さい頃から地図を見るのが好きでした。それは死んだ母が地図が好きだったからというのは、理由の1つでしょう。蔵前で中華料理屋をやっていた祖父母を含めて、あるいは家族で、いろいろなところへ旅行へ連れて行ってもらいました。行ったことのある場所が増えれば増えるほど、地図の上で旅をするのが好きになっていきました。現在では、多くの場合はGoogleマップを利用して、地図を見ています。これはお客さんにもよくいうんですがGoogleマップは地図のようで地図ではないのです。紙の地図を普通の地図と呼ぶならば、それとは違うものです。それを意識したことがありますか?何が違うのかわかりますか?

普通の地図は縮尺が決まっていて、その状態で見えている道が描かれています。まあそうですよね。なにもおかしいことではありません。でも、Googleマップは見せたい道だけ見せている地図です。ある縮尺では紙と同じ道を描いていると思い込んでいますが、そうではない可能性が含まれています。「いや、きっと紙と同じようにしているはずだ」と思う自由もあれば、Googleのさじ加減ひとつで道を描くことも描かずにおくことも可能だとも言えるでしょう。ゆえ、Googleマップでは縮尺を拡大方向へ動かしていくと、「検索するための地図」としては不必要なものがはじめて可視化されてきます。紙の地図よりも情報量を少なく調整しているのです。その代わり、縮尺を拡大していくにつれて紙の地図よりも細かい内容を掲載することも可能であり、紙の地図よりも長い時間楽しめるようにも思います。地図を見ていると、時間が無限に溶けていきます。

昔と今をつなぐ

Googleマップでは、検索数の多い有名な場所や有名なルートを見つけやすく作られています。検索数の多い場所へ導くように作られているとも言えます。Googleマップで、縮尺をあまり拡大せず、見えているルートだけでなんとなく経路を決めると、他の道路利用者と同じ結果を見ることになります。そして、同じ道路を皆で利用します。ぼくが何をいいたいのか、もう、わかりますよね?

クルマで移動するような単なる移動であれば、それが最適なのだと思います。ぼくは「最適解」という言葉は好きではありませんし、そんなものはないと思っている人ですし、「最適解」とは単に「最適だと思い込まされているだけ」であって、それがいわゆる「検索結果」としてのルーティングです。Googleという企業がサジェストしている内容を鵜呑みにしているだけだということです。

最初に「サイクリングは旅である」と言いました。サイクリングを、かっこいい自転車で移動することではなく、もっと旅にするには、地図を深く読み取り、そこに隠された情報を過去にも遡ることがポイントだと思います。さらに、その情報の一つ一つを深堀りしていきます。時には本を読んだり、音楽を聞いたり、映画を見たりし、地図や旅の周辺を彩る文化に好奇心を巡らせると、移動中の視線の先にある何かが別のこととつながって見えてきたりするかも知れません。

SILEXはほんとうにいいバイク

移動中に珍しくYouTubeを開いて(ぼくはYoutubeはほとんど見ない人です)「グラベル(バイク)」で検索してみたら、無駄だの、こんな道ほぼないだの、辞めますだのと、目立てばよいと思ってるようなくだらない内容の動画ばかりが拾われててアホくさくなりました笑。あまりに呆れてしまったので、実際に動画を再生しはしませんでした。タイトルやサムネは単なる釣りであって、実際には楽しく乗っているという内容もないとは言えませんが、まあいずれにしてもどうでも良いとおもいました。

おそらく、「ロードバイクでやっていたことや目指すことを続けるには都合が良くない」と言っているのだろうと思います。それはそうでしょう。移動そのものの、あるいはそれに関わるチャレンジをするバイクではありません。あくまで旅をするためのロードバイクですし、旅を楽しむために必要な要素や機能を搭載したロードバイクです。わかりやすいので、ぼくはクルマに例えることが多いのですが、レースカーやスポーツカーでする旅と、SUV(これはこれで多様ですが)でする旅は、別のものですし、後者のほうが明らかに裾野が広く、楽しめる人も多いだろうというのはわかります。

ある楽しみ方だけに固執したり、自身の視野を広げるきっかけを失っていたりすれば、思考が内にこもってしまいます。あるいは、地図が読めないという話であったり、「自分は楽しめませんでした」ということであって、あるジャンルや遊び方を否定するなどしても、「あ、そうなんですね」という感想しかありません。あるいは単にお買い物の失敗にも見えたりと、いずれにしても目立てば何でも良いのだろうという感想しかありません。

このブログでも何度も書いていますが、グラベルバイクとは、事の起こりが「不整地(グラベル)を走るためのロードバイク様な自転車」から生まれただけであって、その後の解釈の拡大や開発されるバイクの多様性拡大によって、単に「レース用途以外の色々なスタイルのロードバイクを包摂する言葉」としての意味に変わっています。

SILEXはグラベルを走ることにフォーカスしたという説明はメーカーからされていますが、舗装路を走ってもそれが不得意であったり、楽しくないということを感じることはありません。もちろん、さきほど書いたYoutube動画のようなスタンスで「私が欲しいものじゃない」と言うことは可能でしょうが、それは評価とは違うものでしょう。今回も、前回同様にMAXXIS REAVERの45Cを履いていきました。長いホイールベースとともに、このサイズのタイヤを利用すると、凄まじい安定感を発揮します。安定感が高いということは、すばしっこい動きは不得意だということです。しかし、そのバランスはとても優れており、レース走行を目的とする人以外にとってはメリットを多く感じるだろうと思います。

もしタイヤを40Cに変更する場合、不整地での安定性をやや欠く様子になると思いますが、走破性ということについて言えば、ドロドロあるいはツルツルの路面以外のごく一般的な砂利道においては、タイヤ幅よりフレームのジオメトリが大きく影響しますので、いずれも選択肢に入るのだろうと思います。舗装路ではより軽快に速度を出すことができるため、より遠くまで走るタイプの経路で旅をすることができるかも知れません。メリダ X BASEでの試乗の際の記事にも書きましたが、32Cを履くことでまるでロードバイクのような、つまり舗装路ツーリングバイクとして作りましたと言ってもなんの違和感も抱かないフィーリングだとぼくは感じました。

SILEXでの今回のツーリングは、オンロードでのレースライド以外のどんな楽しみ方も、明確な過不足を感じることなく楽しむことができる素晴らしいバイクだと再三の実感をするライドでした。グラベルを走っているとMTBかのような力を発揮するのに、舗装路を走るとロードバイクのように走る、とても不思議で幅広い魅力を持っているバイクです。

とっても安定していて楽しくて速いツーリングバイク

今回はハンドルバーバッグ、サドルバッグ、フレームバッグにフォークバッグと、いくつもバッグを装備し、そこにそれぞれ荷物を入れて走りました。その状態でグラベルを走りますと、SILEXの性能が更に良くわかりました。荷物を乗せた場合、同じ重量の人間が乗るのと違う動きになります。人間は荷重や抜重をすることが可能ですが、荷物にはそれはできません。バイクの質量の動きに対して、ほんの少しだけ遅れて荷重が加わります。その際、良からぬピッチングにより不安定さを露呈するバイクもありますが、SILEXでそれは感じませんでした。

また、舗装路でも驚くほどの安定感を見せてくれたことに驚きました。今回のツーリングでの最高時速は60kphを超えていました。50kphを超えた速度域でのコーナーリングでは、そのバイクのジオメトリが持っているポテンシャルが如実に出てきます。その状況ではコンポーネントがどのグレードでも関係ありません。ホイールは味付けを左右するでしょうが、ディープリムなどの極端な製品を使わなければ問題ないはずです。あまりのドがつくほどの安定性に、全く感心するばかりでしたし、下りを楽しんで走ることができました。

これらは「そこまでの速度では走らないので関係ない」のではなく、どのライダーにとっても影響することです。ともかく、安定して走れることは楽しみを感じやすくなることに近づきます。軽さも含めて、不安定さをほんとうの意味で楽しめたり、それを操れたり、活かすことができる人というのはあまり多くないということをメリダは研究と開発によって理解しているということだと思います。

X BASEをスタートしてグラベルツアーができそう

今回、新たに発見したグラベルルートはメリダ X BASEに近いところにあるので、BASEをスタートとゴールにしてのグラベルライドツアーをすることができそうです。SILEXを楽しむためのライドツアーとして、近い将来実施するかも知れません。そのために今からSILEXを買って楽しんでおくのが良いと思いますよ笑

ご来店をお待ちしております。